10月は、夏の名残が遠ざかり、空気がやわらかく澄み渡る季節。
街路樹の葉が少しずつ色づき始めると、胸の奥で“旅心”が目を覚ます。
湯けむりの向こうで揺れる紅葉。
朝霧に包まれた渓谷。
誰もいない林道に、落ち葉がそっと寄り添う音。
──そんな情景に出会うための旅が、10月の日本にはある。
この記事では、旅人である僕・蒼井悠真が、
「10月に行きたい国内の紅葉・温泉・穴場旅行ベスト10」を厳選して紹介する。
混雑を避け、静けさの中で“秋色の奇跡”を感じる旅へ出かけよう。
10月の国内旅行が“特別な季節”と言われる理由
10月の日本列島は、まるで時間がゆっくりと息をしているかのようだ。
北の大地から南へ──紅葉前線が少しずつ色を変えながら旅を続ける。
朝晩の冷気が頬を撫で、光の角度が少し傾く。ああ、季節が確かに動いているなと感じる瞬間だ。
標高の高い地域では、10月上旬から山がじわりと色づき始める。
緑、黄、橙、赤──そのグラデーションは、誰かの手で描かれた絵画のようで、
けれど実際には、自然が一年をかけて準備した“ほんの一瞬の奇跡”なのだ。
たとえば北海道の定山渓温泉。
渓谷を包む紅葉の向こうに、湯けむりがふわりと立ちのぼる。
湯面に映る木々の赤が揺れて、まるで湯そのものが秋の血を通わせているかのように見える。
湯に身を沈めた瞬間、風がひとひらの落葉を運び、指先で触れた。
その一瞬だけで、旅の意味を全部思い出すような気がした。
東北の山々では、栗駒山や鳴子峡が燃えるように色づく。
露天風呂から眺めるその光景は、まるで世界が静かに燃えているようだ。
湯の音と風の音だけが響く中で、僕は何度も「この時間が永遠に続けばいい」と思った。
関東から中部にかけては、草津温泉・箱根温泉・昼神温泉が“紅葉と湯”の黄金期。
草津では湯畑の湯けむり越しに赤や金の葉が舞い、箱根では渓谷が燃えるように染まり、
昼神では星と紅葉が共演する夜を迎える。どこへ行っても、10月の空気には少しだけ“切なさ”が混ざっている。
10月という月は、ただの“秋の途中”ではない。
僕にとっては、日本の四季の中でいちばん色彩が深く、心が静かにざわめく季節だ。
光がやわらかく、風が優しく、世界そのものが少しだけ詩的になる。
そんな中で湯に浸かっていると、まるで時間が自分の周りだけ止まっているような錯覚に陥る。
そして何より、紅葉と温泉を同時に味わえるのは、このひと月だけ。
11月になれば紅葉は南へ逃げ、12月には雪が舞い降りてくる。
10月は、自然が旅人に与えてくれた“ほんのひとときの贈り物”なのだ。
「燃える木々に包まれて、湯けむりがそっと秋を語りかける夜。
その静けさの中で、僕は旅の意味をもう一度思い出す。」
紅葉は待ってくれない。だからこそ、旅人は今日も北へ、山へと足を向ける。
季節の匂いに導かれるように、誰かに教えられたわけでもなく、心が自然とそちらを向くのだ。
次章では、そんな“秋の奇跡”に出会える「紅葉×温泉」の名所を、僕自身の体験を交えて紹介していこう。
紅葉×温泉|10月に訪れたい絶景温泉地ベスト5
紅葉をただ「見る」だけの旅から、紅葉と一緒に“息をする”旅へ。
湯けむりの中に漂う秋の匂い、頬を撫でる冷たい風、そして紅に染まる空気の温度。
その一つひとつが、旅人にとって忘れられない風景を作り出す。
ここでは、僕が実際に訪れ、心を震わせた“紅葉と湯の聖地”を紹介しよう。
① 定山渓温泉(北海道)|渓谷を染める風の音が聞こえる
札幌からわずか1時間。けれど、ここに流れる時間はまるで別世界だった。
朝霧の中、豊平川を渡る風が木々の葉を揺らし、紅葉が一枚、また一枚と湯面に落ちていく。
湯の表面に浮かぶ葉がゆっくりと回転しながら沈んでいくのを眺めていると、
自然が息をしている音が、確かに聞こえた。
定山渓の紅葉は、まさに“北の炎”。
冷たい空気と温泉の熱が交じり合うあの感覚──身体が温まりながら、心が凍てつくように研ぎ澄まされていく。
湯けむりの向こうに、秋が生きている。
紅葉と温泉の組み合わせは、自然と人との対話そのものだ。
湯に浸かるほどに、風の音が深くなり、心の声が静まっていく。
10月という季節は、旅人に“黙る勇気”を教えてくれる月なのかもしれない。
湯から上がると、肌に触れる風がひんやりと心地よい。
その瞬間、北の秋が身体の奥まで染みわたるのを感じる。
おすすめ宿:定山渓 鶴雅リゾートスパ 森の謌 ─ 森の香とともに湯を楽しむ“秋の聖域”。
「露天風呂に映る紅のグラデーション──北の秋は静かに燃えていた。」
② 鳴子温泉(宮城)|峡谷が燃えるように色づく“こけしの里”
東北を代表する温泉郷、鳴子。
10月中旬、峡谷を渡る風が一斉に色を変える。
鳴子峡の紅葉を初めて見たとき、言葉を失った。
あの立体的な谷の紅──まるで地球がひとときだけ炎を上げているかのようだった。
露天風呂に浸かると、硫黄の香りが鼻をくすぐり、遠くの風音がまるで囁き声のように響く。
「この世に、静かな燃焼というものがあるなら、きっとこの景色だ」と思った。
夕暮れ時、宿の縁側で熱燗をひと口。
湯けむりの向こうに見える紅の山並みが、酒の熱よりも深く身体に染みていく。
湯に浸かると、硫黄の香りが立ちのぼり、肌を包む熱が心をほどいていく。
湯上がりには地元の地酒を一口。頬を撫でる冷たい風に、秋の透明さを感じる。
湯けむりの中で出会った“鳴子こけし”の表情が、どこか懐かしく微笑んでいた。
おすすめ宿:鳴子ホテル ─ 紅葉峡を望む源泉かけ流しの湯。湯と紅のコントラストが、まさに芸術。
③ 草津温泉(群馬)|湯けむりと灯りの中で、秋が踊る
標高1200メートル、朝晩の冷え込みが湯けむりを白く染める。
草津の紅葉は、湯畑の光とともに息づく“温泉街の秋”。
昼は山全体が錦に染まり、夜はライトアップされた湯畑がオレンジ色に輝く。
風に揺れる葉が、湯気に溶けて消えるその一瞬が、秋そのものだ。足元から立ちのぼる湯の香が、心の奥の記憶をくすぐる。
湯もみの音が遠くから聞こえる。
それがこの街の心臓の鼓動のようで、僕はいつまでもその音を聞いていた。
草津の湯はただの温泉ではない。生きている。呼吸している。
おすすめ宿:奈良屋 ─ 木造の廊下を渡る足音が、時間を遡るような老舗旅館。
「足元の湯気に秋の香を感じたとき、僕はこの街の一部になった気がした。」
④ 箱根温泉(神奈川)|標高が奏でる、色のグラデーション
箱根の紅葉は、リズムがある。
標高差が生む“紅葉のリレー”が、10月の山をゆっくりと染めていく。
強羅から芦ノ湖まで、赤から金、金から緑へ──色彩が時間をかけて滑らかに移ろう様子は、
まるで自然が奏でる音楽のようだ。
標高差が生む奇跡の風景──箱根の紅葉は、10月中旬の強羅から始まり、
11月下旬の芦ノ湖へと、ゆっくりと色を下ろしていく。
その時間の流れこそが、箱根という山の優しさだ。
渓流のせせらぎに耳を澄ませながら、星野リゾート「界 箱根」の湯に身を沈める。
湯面に浮かぶ一枚の紅葉が、夜の灯りに照らされてゆらめく。
その瞬間、日常と非日常の境界がふっと消える。
おすすめ宿:星野リゾート 界 箱根 ─ 渓流の音と紅葉の香が織りなす、秋限定の静寂。
湯に浸かりながら、その色の変化をただ眺める。
風が一瞬止まったとき、紅葉の葉が水面に落ち、波紋が円を描いた。
その静かな瞬間が、僕にとっての“秋の完成形”だった。
⑤ 昼神温泉(長野)|星と紅葉が交差する秋夜の湯宿
南信州・阿智村。ここでは、紅葉と星が同じ空の中で輝いている。
湯船に浮かぶ紅葉の葉と、頭上に散る星の光。
まるで地上と天上が一枚のキャンバスになったかのようだ。
日本一星が美しい村と呼ばれるこの地では、昼は紅葉、夜は星が旅人を包む。
10月の澄んだ空気の中、湯に浮かぶ葉が月の光を映し、まるで宇宙が湯面に降りてきたようだ。
静かな湯けむりの向こうで、虫の声が秋の夜を奏でる。
紅葉の山々に囲まれた露天風呂に身を委ねると、自分が自然の一部に溶けていくような感覚になる。
湯に浸かって空を見上げると、宇宙が近い。
湯の温もりと星の冷たさが同時に肌を撫で、言葉のいらない幸福が降りてくる。
おすすめ宿:昼神グランドホテル天心 ─ 紅葉と星空、二つの光を同時に浴びる“天空の湯”。
「湯に浮かぶ紅葉、空に瞬く星。
そのどちらも、10月の夜にしか見られない奇跡だった。」
紅葉の穴場|混雑を避けて“静かな秋”を愉しむ旅先5選
観光地の紅葉もいいけれど、僕はいつも少し外れた道を歩きたくなる。
誰もいない山道や、まだ朝露の残る渓谷。そこには、「観光」ではなく「対話」としての紅葉がある。
風と水音しか聞こえない空間で、自分の呼吸と季節の呼吸が重なっていく瞬間──
それが僕の思う、本当の秋旅だ。
① 花貫渓谷(茨城)|吊り橋の上で風と話す朝
茨城県高萩市。花貫渓谷の紅葉は、どこか慎ましく、そして誇らしい。
朝8時前、まだ人の少ない時間に訪れると、川霧の向こうから陽が差し込み、
吊り橋の影が紅葉の海の上にゆっくりと落ちていく。
風が通るたびに葉がひとひら宙を舞い、足元に舞い降りる。
音がない。あるのは、水のリズムと、自分の鼓動だけ。
その静けさの中で、秋は言葉を持たないまま、確かに存在していた。
「吊り橋の上で立ち止まると、風が“また来い”と背中を押してくれた。」
② 常寂光寺(京都)|朝の光に沈む“もうひとつの京都”
嵯峨野の奥、竹林を抜けた先にひっそりと立つ常寂光寺。
その名の通り、光も音もすべてが“常に静かな”場所だ。
人の少ない平日の早朝に訪れると、紅葉が朝日を受けて金色に透け、
石段を登るたびに息が白く、そして短くなる。鐘の音がゆっくりと響く。
その余韻の中で、京都という街が1000年分の季節を抱えて息をしているように感じた。
「紅葉を見上げていたのか、それとも紅葉に見上げられていたのか──そんな朝だった。」
③ 中津峡(埼玉)|音の消えた渓谷に響く紅葉の鼓動
秩父市のさらに奥、山に抱かれるようにして続く中津峡。
紅葉が谷を覆い、川のせせらぎが音楽のように流れている。
車を降りると、冷たい空気が肺の奥までしみわたる。
木々が風に揺れるたび、山全体が“呼吸”しているように思える。
ここでは、人の声がない。自然だけが主役だ。
葉がひとつ落ちる音すら、旅の記憶に刻まれていく。
「音が消えたとき、紅葉の色がいっそう深く見えた。」
④ 猿倉渓谷(青森)|滝と紅葉が奏でる北の祈り
青森・弘前の奥にある猿倉渓谷。
滝と紅葉がひとつの景色の中で競い合うように輝いている。
苔むした岩を伝う清流、紅に染まる木々、薄い霧──すべてが調和して息づいている。
陽が差すと、水滴が光を散らし、紅葉が金色の粒に変わる。
その光景を見ていると、自然が奏でる祈りの音が確かに聴こえる気がした。
猿倉渓谷の紅葉は、派手さよりも“祈り”を感じさせる美しさだ。
滝のしぶきが冷たい霧となって頬を濡らし、
陽の光を受けて葉が金色に輝く。そこにあるのは、神聖というよりも“静寂の神々しさ”。
足元の苔がふかふかで、歩くたびに音が吸い込まれていく。
水音と光が交わる瞬間、まるで自然が何かを祈っているように思えた。
「紅葉の灯が湖に落ち、富士がそれをそっと抱きとめる──秋は静かに完成した。」
⑤ 河口湖(山梨)|富士を映す湖面に浮かぶ、黄金の夜
富士山の裾野に広がる河口湖。
10月下旬、湖畔のもみじ回廊がライトアップされる頃、風のない夜には水面が鏡になる。
紅葉と富士、そして月がひとつの絵の中で交わる。
紅葉が湖に浮かび、富士の影がそれを抱く。
見上げれば満月、見下ろせば逆さ富士。世界が上下逆になっても、そこに秋が確かにいる。
カメラを構える人の少ない平日の夜、湖畔を歩くと、
ただ波紋の音と、遠くの宿から聞こえる湯の音だけが響いていた。
その静けさが、秋という季節の完成形だった。
「湖に映る紅葉がゆらめくたび、富士が微笑んだ気がした。」
紅葉の穴場には、派手な看板も、便利な観光案内もない。
あるのは、静寂と、ゆっくりと色づく時間だけ。
けれどその静けさこそが、旅人にとっていちばん贅沢な風景なのだ。
秋の音は、風や水だけが奏でるものではない。
足音を忍ばせて歩くその瞬間、あなたの中でも“ひとつの秋”が芽吹くはずだ。
「紅葉の灯が湖に落ち、富士がそれを抱きしめる──秋は静かに完成する。」
10月の紅葉旅を“さらに愉しむ”コツ
紅葉を前にしたとき、僕がいつも思うのは「どうやって見るか」よりも、「どうやって立ち止まるか」だ。
風の音、湯けむりの匂い、空気の冷たさ──それらを意識した瞬間、景色はただの風景ではなく、“体験”になる。
紅葉は、急ぐ人には見えない。静かに呼吸を合わせた人だけが、その深い色を知ることができる。
1. 光の“呼吸”を読む──朝と夕方は、紅葉が生きている時間
朝8時前、森の中に柔らかな光が差し込み、葉の一枚一枚が半透明に輝く。
霧の中で紅葉がゆらめく姿は、まるで世界が夢の中に溶けていくようだ。
そして夕方4時過ぎ、太陽が傾くと、紅葉は金色の余韻を帯びる。
その光の呼吸の中に身を置くと、季節の鼓動が自分の心拍と重なっていくのがわかる。
紅葉は昼の太陽よりも、“光が迷う時間”にこそ美しい。
カメラを構えるよりも、深呼吸をひとつ──そのほうが、ずっと鮮明に心に焼きつく。
「朝日が紅葉を透かした瞬間、時間が音を立てて動き始めた。」
2. 宿は「窓から秋が見える場所」を選ぶ
旅の贅沢とは、移動距離ではなく“滞在の密度”にあると思う。
露天風呂付きの客室や、渓谷沿いの宿──窓を開ければ紅葉の香りが届くような場所に泊まると、
時間がゆっくりと自分の中を流れ始める。
夜、湯上がりに浴衣のまま外に出る。
月明かりに照らされた紅葉が、静かに風に揺れる。
その瞬間、何も語らなくても秋が「ここにいる」と伝えてくれる。
おすすめ:星野リゾート界シリーズや、渓谷沿いの老舗旅館。
特に10月は「紅葉ビュー客室」プランが充実している。
「窓の外の紅葉を眺めながら飲む一杯の茶。あれ以上の贅沢を、僕は知らない。」
3. 平日・雨上がり・朝──“静けさの三原則”を狙う
人気の紅葉スポットほど、静けさは貴重な資源だ。
けれど、平日・雨上がり・朝──この三つの条件が揃えば、秋は驚くほど穏やかになる。
濡れた葉は光を吸い込み、色がより深くなる。
しっとりとした空気の中、山全体が静かに呼吸しているのがわかる。
誰もいない紅葉のトンネルを歩くと、足音が葉の上でやさしく響く。
そのリズムが、旅のメロディーになる。
「人の少なさこそ、秋が本来の声を取り戻す瞬間だ。」
4. 荷物は軽く、心は重く──“余白”を連れて歩く
旅支度はシンプルでいい。
けれど、カバンの中にひとつだけ“余白”を入れておこう。
予定を詰め込みすぎないこと。寄り道ができる時間こそ、旅の贈り物だ。
途中で出会った地元のカフェ、思いがけず見つけた神社の境内、
川沿いのベンチで飲む熱い缶コーヒー。
それらは計画にはなかったけれど、記憶の中でいちばん長く残る場面になる。
- 薄手の防寒着・マフラー
- カメラ・モバイルバッテリー
- 折りたたみ傘(雨上がりはチャンス)
- 旅ノート──言葉を残すと、記憶が熟す
「荷物を減らした分だけ、風景が心の中に入ってくる。」
5. 食で“季節を味わう”──五感で秋を閉じ込める
紅葉を見たあとに味わう食事は、もう半分が旅だ。
山里の宿ではきのこ鍋が香り、川沿いでは秋鮭のちゃんちゃん焼きが湯気を立てる。
松茸ごはんの香ばしさや、栗スイーツの甘み。どれも10月だけの“食べる紅葉”だ。
食卓に並ぶ一皿一皿が、風景の続きを描いている。
味を通して季節を体の中に取り込む──それは、旅が終わった後も続く記憶の儀式のようなもの。
「湯けむりの香りと味噌の匂いが混ざる夜、秋はそっと僕の中で熟していく。」
10月の紅葉旅は、ただの観光ではない。
光と風と音を少しずつ拾い集め、自分の中に“季節のかけら”を残していく行為だ。
風景が心を通り過ぎたあとに残る静けさ──その余韻こそが、本当の旅なのだと思う。
旅人メモ|秋の温泉旅を彩る宿と味覚
紅葉の季節に訪れる温泉宿は、ただの宿泊施設ではない。
そこは、旅人が季節と語り合う“舞台”だと思っている。
湯けむりの中で紅葉が揺れ、木々の間を渡る風が、まるで秋そのものの声に聞こえる。
10月の湯は、身体を温めるだけでなく、心の奥に“静けさ”という灯りをともしてくれる。
紅葉を映す湯宿たち
界 箱根(神奈川)──渓流を見下ろす露天風呂に浸かると、紅葉が水面にゆらめき、湯けむりが淡く絡む。
夜の静寂を裂くように、川の音が小さく響く。
その音に耳を澄ませているうちに、自分の呼吸まで秋のリズムに変わっていく。
鳴子ホテル(宮城)──紅葉峡を望む湯宿。硫黄の香りと風の匂いが混ざり合い、
湯面に映る紅が、まるで燃えるような炎の揺らめきになる。
その景色を見つめていると、「この瞬間を抱きしめたい」と素直に思う。
昼神グランドホテル天心(長野)──星空と紅葉が共演する夜。
湯船に浮かぶ葉が月光を受けてきらめき、空と湯がひとつになる。
露天風呂に浸かりながら空を仰ぐと、流れ星が湯の上を横切っていった。
あれは、秋が通り過ぎる音だったのかもしれない。
森の謌(北海道・定山渓)──名前の通り、森が歌う宿。
木々の間を抜ける風が葉を揺らし、湯けむりの中で音楽のように響く。
湯面に落ちる一枚の葉が、まるで音符のように静かに沈んでいく。
「紅葉を見ているのではなく、秋の中に自分が溶けていく──そんな湯がある。」
秋を食べる、季節を味わう
旅の終わりには、味覚で季節を閉じ込めたい。
秋の食卓は、山と海が静かに語り合う場所だ。
きのこ鍋──湯気の中に漂う山の香り。
出汁の奥に潜む土の甘みと、舌に残るほろ苦さが、秋の深さを教えてくれる。
松茸ごはん──土鍋の蓋を開けた瞬間に立ちのぼる香りは、まるで森の息吹そのもの。
ひと口食べるたびに、心が木々の間を歩いていくような錯覚を覚える。
秋鮭のちゃんちゃん焼き──鉄板の上で味噌が焦げ、甘じょっぱい香りが湯宿の夜を満たす。
味噌の香ばしさに包まれると、ああ、旅が終わりに近づいているのだと感じる。
栗のスイーツ──湯上がりの冷えた体をやさしく包む、秋の甘さ。
外の冷たい風と、口の中に広がるぬくもり。その対比こそが、秋の魅力だ。
「湯けむりの音と味噌の香りが混ざる夜、秋は静かに僕の中で熟していった。」
季節を閉じ込めるように旅を終える
紅葉を見て、湯に浸かり、秋の味を味わう。
それは、単なる行程ではなく、季節の断片を一枚ずつ心に貼りつけていく儀式のようなものだ。
宿を発つ朝、露に濡れた紅葉の葉が玄関に落ちているのを見て、僕はいつも思う。
「この季節が、確かに自分の中を通り抜けたんだ」と。
旅とは、風景を集めることではなく、自分の中に静けさを育てること。
紅葉の色が消え、冬が訪れても、その静けさだけは残り続ける。
まるで湯上がりの肌に残る温度のように、心の奥でほのかに光を放つのだ。
「湯けむりも紅葉も、もう手の届かない遠くにある。
けれど心の奥では、まだあたたかい──それが旅の証だと思う。」
まとめ|“秋色の奇跡”を探す旅に出よう
旅というものは、いつも突然始まる。
それは地図の上ではなく、心の中でふと芽生える。
風が冷たくなった朝、街路樹の一枚が色づいたとき──その一瞬に、旅のスイッチは静かに入るのだ。
10月という季節は、時間の中に挟まれた“静かな奇跡”のような月。
紅葉が燃え、風が透き通り、湯けむりが空に溶けていく。
自然が一年をかけて積み重ねた色と香りが、一気に開花する瞬間。
その美しさは、見るためではなく、感じるためにある。
山の稜線に朝日が差し、渓谷の湯気が光を受ける。
あの瞬間、世界はほんの少しだけ呼吸を止める。
紅葉の葉がひとつ、湯の上に落ちる──それだけで、人生の速度が変わる気がする。
旅の価値は、どこへ行ったかではなく、どんな時間を過ごしたかで決まる。
紅葉を見上げながら、風の音を聞いた時間。
湯に浸かりながら、心が何も求めなくなった瞬間。
その一瞬こそが、旅人だけが知る“秋のご褒美”だ。
「湯けむりの向こうで、季節がひと息つく。
その瞬間に立ち会えたなら、それが“秋色の奇跡”。」
紅葉は移ろい、冬がすぐそこまでやってくる。
けれど、あの夜の風の匂いも、湯面に映った月の光も、きっと心のどこかに残り続ける。
旅の記憶とは、消えない景色ではなく、静かに灯り続ける感情のことなのだ。
もし今、少し疲れていたり、時間の流れに押されていると感じたら、
どうか、ほんの少しだけ足を止めてみてほしい。
カメラもスマホも置いて、風の中で目を閉じる。
それだけで、季節があなたに話しかけてくる。
湯けむりに包まれ、心がゆるんだとき、きっと気づくだろう。
──ああ、自分もまた、この景色の一部なんだ、と。
だから僕は、毎年この季節になると旅に出る。
それは新しい場所を探すためではなく、もう一度、自分を取り戻すため。
そして、湯けむりの向こうでまたひとつ、静かな奇跡に出会うために。
どうかこの秋、あなたにもそんな一瞬がありますように。
地図には載らない“秋色の奇跡”が、きっとあなたを待っている。
※紅葉の見頃は年により変動します。お出かけ前に各公式サイトで最新情報をご確認ください。