2025-11

朝の高速道路は、まだ旅の匂いが薄い。ヘッドライトの余韻が残るアスファルトを滑るように進みながら、僕はふと思う。「今日の目的地は、どこにしよう？」そんなとき、フロントガラスの向こうに見えたのが、白地に青のあのマーク――“道の駅”。

心を灯す、旅のはじまり。夜更けの部屋にスーツケースを広げると、静かな空気の中に自分の鼓動だけが響いてくる。「ちゃんと準備できているかな？」そんな小さな不安が胸を揺らすのは、誰もが経験する“旅が始まる前のあたたかなサイン”だ。

高尾山の山頂で、夜の名残をまとった朝霧が、まるで誰かの手にそっとほどかれていく糸のように静かに消えていった。眼下には、紅と金が寄せ合い、溶け合い、波間のように揺れる「森の海」。風がひとつ息をつくたび、色づいた木々が淡いざわめきを返し、まるで季節そのものが呼吸しているようだった。

朝日に染まる駅改札の中で、僕はふとバッグを見直した。3泊旅行なのに、小さすぎるバッグに服を詰め込み、ホテルのクローゼットで「もう一枚買えば良かった」と後悔する自分の姿が浮かんだからだ。旅先は“行き当たりばったり”でも、バッグ選びだけは失敗したくなかった。

年末の街は、いつもより少しゆっくり呼吸している気がする。仕事納めの帰り道、吐く息が白くほどけていく冬の夕暮れに、ふと「このまま飛行機に乗って、知らない街の朝日を見に行きたい」と思ったことはないだろうか。

旅先の朝というのは、不思議だ。同じ空気を吸っているはずなのに、家で迎える朝よりもずっと、世界が澄んで見える。あの日、湖畔の駐車場に車を停め、まだ眠たげな子どもの手をそっと握った瞬間——。朝日が水面に細い金色の道をつくり、僕たち家族をそっと“特別な時間”へ誘うようだった。

冬が訪れると、空気はすこしだけ澄んで、街のざわめきが遠くなる。冷たい風が頬をかすめた瞬間、ふと「旅が呼んでいる」と思うときがある。ある冬、僕は北海道の雪原の真ん中で白い息を見つめていた。雪を踏みしめる「ザクッ…ザクッ…」という音が、心の奥でゆっくりと響き、まるで旅の鼓動のように僕を静かな世界へ連れていった。

朝のローカル線は、まるで眠りから目覚めた森の呼吸を乗せて走っているようだった。窓の外をすべる光が、僕の肩にそっと触れる。その柔らかさに誘われるように、ふと「次の駅で降りてみよう」と思う。観光地でも名所でもない。ただ、地図の余白のように静かで、誰にも急かされない時間が流れていそうな気がしたからだ。